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エルフの隠れ家  −Elf Of Retreat−
◆EPISODE.2 進化する感情(PAGE.1)
地風伝説PAGE.1PAGE.2PAGE.3

 そう、いつも…。アレンは、窓から吹く心地いい風を見つめるクリスを眺め、自分がどれ程非力かと痛感させられた。…アレンの目に映るクリスは、いつもどこか、何かに怯えているようだった。目に見えぬ恐怖…。それはアレンにもわからなかった。
 ハッキリと発声したのは、まだ名前を名乗ったときだけだ。
 彼の閉ざされた心の扉は、予想以上に硬いようだ。
「じゃあ…学校行ってくるからな?」
 そうアレンが話しかけると、クリスは振り返り、軽く頷いた。そしてすぐに、また窓の方を見るのだった。
 いつも無表情で、その円らな目で遠くを見つめる彼は、一体何に思いを抱いているのだろう?
 アレンはもっとクリスのことが知りたくて、学校へ行くことなど忘れ、何度もクリスに話しかけていた。そう…何日も。
「あんまり食べてないけど、美味しくなかった?」
アレンは、あまり減っていない朝食を見て言った。
クリスは振り返り、少し目線を下に向かせ、そして、また何も言わずに窓の方へ体を向けた。
「……なぁ、何見てるんだ?」
クリスはまた振り返り、アレンをみつめた。
「何か見えるのか?鳥?…オレ、もっとクリスとお話したいんだ。」
目線と目線が重なり合い、そしてその空間には弟思いの兄の愛が漂っていた。
「……お兄ちゃんは、どうしてボクに優しくするの?」
クリスはやっと、その重い口を開いた。
 アレンは複雑な気持ちだった。クリスの問いは、やはりどこか、何かに傷つけられ、何かに裏切られ…そんな過去を映し出しているかのようだ。
「オレはただ…君を助けたかった。独りぼっちで、寂しかったんじゃないのか?」
アレンはクリスの頬を撫で、また語りかけた。
「傷もまだ治ってない…ほうっておけない。」
するとクリスは、少し俯き話し始めた。
「人間は怖い生き物だよ。いつもボクらエルフを狙ってる。」
クリスの表情は一変、肩を抱き体を震わせる彼の目には、キレイに透き通る涙が。
 しかし、すぐに涙を拭くと、またアレンの目を見た。
「でも、あきらめなくてよかった。…きっといつか、お兄ちゃんみたいな優しい人に会えるって、信じててよかった。」
そして…笑った。今度は、ハッキリと。
「……やっと笑った。」
アレンは嬉しかった。クリスのかたい心の扉は、物凄くゆっくり、しかし確実に開いていた。
 と、クリスはアレンの目線から目をそらした。その目の先には、少しばかり急ぎ足の時計。
「………あ、時間…」
クリスがボソリと言った。クリスも何日かここにいるのだ。アレンが学校に行かなければならない時間を知っている。
「え?…あっ!もうこんな時間…行かなきゃ。」
そう声をあげると、アレンは急いで階段を駆け下りた。
「アレン、飯はどうするんだ?」
一階にいたアルナが、駆け下りてきたアレンを横目で睨んだ。
 今のアレンにしてみれば、今の口の悪い母親のおしとやかな名医なんて未来の姿、想像できないだろう。
「いらねぇ。…母さん、クリスにまでそんな口調で食ってかかるんじゃねぇぞ!」
「あたりまえだろ!クリスはアンタよりずっとカワイイからな。」
珍しく、アレンは否定しないまま家を後にした。
 クリスがアレンより優しく純粋かどうかは、クリス以外の者に対する自分の冷たさを誰よりも見てきているアレン自身が一番よく知っている。アレンは、人に素直になれない自分が、もどかしかった。
(オレは、優しい人間なんかじゃないさ…でも、クリスは優しいと言ってくれた。クリスにだけは、何故だか素直になれるんだ。)
歩きながら、アレンは自分自身への疑問に立ち向かっていた。クリスという少年は、人の素直で純粋な気持ちを引き出す力を持っているのだろうか?何にしても、アレンはクリスの目が暗い過去を漂わせる程、守りたいと思うのだろう。
 振り返ると、窓から顔を覗かせるクリスがいた。アレンを見つめ、小さく手を振っていた。
 アレンは、ふと微笑み、いつもよりも清清しい気持ちで学校へ足を運ぶのだった。

 ラファリエル中学校。1年のとあるクラスでは、いつも辛辣な会話が飛び交っていた。
「クロフォード……今日も遅刻か?」
「アイツ、最近よく遅く来るけど…成績いいからって調子のってんじゃねぇの?」
男子たちの朝の会話は決まってこうだ。今時珍しくない中学生だ。
「いいんじゃねぇの?アイツ意外と面白いヤツだし。」
ただ一人、男子の中で"クロフォード"なる生徒の味方をする、青髪の少年がいた。
「オメェらは妬みすぎなんだよ。ちったぁクロの努力を見習えって。」
前髪と長さの整った青い髪に、髪と同じ色の鋭い眼光。四角いふちの眼鏡は一見マジメそうだが、その冷たい瞳はとても優しいものではなかった。
「ロ、ロンティア……なんでお前がアイツの肩をもつんだ?」
ロンティア。それが彼の名だ。地元でも、この学校でも有名な問題児。一度退学させられそうになったこともあるそうだ。校内の同級生、先輩、教師からも恐れられている暴君だ。
 ガタッ
 ロンティアは何食わぬ顔で、誰かの席を陣取った。
「オレに指図する勇気すらねぇオメェらに、クロを侮辱する権利なんかねぇよ。」
サラサラの青い前髪と眼鏡の下の瞳は、とても良き人と言えぬクラスメイトを睨みつけ、竦みあがらせた。
 睨まれた男子生徒は、何も言えずたじろいだ。
「フン、所詮口だけじゃ……」
 ドガッ!
「ぐぉわっ!?」
ロンティアが言い終わる前に、誰かがロンティアの座っていたイスを蹴っ飛ばした。その勢いで、ロンティアは床に放り出された。
「ロン。テメェ、いつもいつもオレの席に座ってんじゃねぇよ!」
そう声をあげたのは、やや遅れての登場のアレンだ。
「クロ!やっときたか。」
「いい加減そのセンスのねぇ呼び名はやめろ。」
家から離れると、冷たい喋り方に変化するアレン。暴君ロンティア相手だろうが、いつも強気な性格を乱さない。
 問題児と噂のロンティアに、アレンは何故平然と指図したり、ロンティアが座ってるイスを蹴っ飛ばしたりできるのだろう?まわりの者は皆疑問に思っているようだ。
「まぁいいじゃねぇか。…最近おせぇじゃねぇか、クロ。なんでだ?」
「一々散策されるのは嫌いだ。お前に話す程のことじゃねぇよ。」
ここに来て、アレンの冷ややかな性格が露わになった。アレンのこんな姿をみたら、クリスは相当動揺するだろう。
「…もしかして、ただの寝坊?」
そう言われると、ついいきり立ち事実を話してしまうアレンだが、ここは辛うじて堪えた。
「よ…夜中まで勉強してたんだよ。」
喋り方は、アレンにしては珍しくクールではなかった。クリスの為を思っての、素直で率直なごまかしだった。
「珍しい、今日は否定しなかったな…ま、お前も少しは素直になったじゃんかよ。」
ロンティアの一言に、アレンはまた何かを思った。もしかしたら、自分はかわれるもかもしれない。素直になれるかもしれない。
 アレンはクリスの中に、希望の光をみつけたような、そんな気がした。
「オレ……素直になったのか?」
アレンは唐突に態度をかえ、眉をひそめロンティアに問う。
「……あぁ。そうやって聞いてくるアレン、今まで見たことなかったからな。」
ロンティアは軽い口調で言った。だがその目は、確かにアレンの変化をとらえているようだった。
 そんなに長くない仲の彼らだが、その仲には、確実に絆のような、まだ鈍くも光る何かがあった。
「…ッフ、オレに素直さなんて必要ないけどな。」
はっと我に返り、アレンはまた冷たく囁いた。
「ホント、素直じゃねぇよなぁ…お前。」
ロンティアは苦笑した。不器用に素直さを隠すアレンの姿を見て、どこか、暗かった目に光が宿ったような、そんな気がした。



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